世はなべてこともなし

・・・野球や中嶋さんとは関係ない日記。不定期更新。

↓2005年
3月31日(火) ホビットの冒険
 明るい部屋で、図書館で借りてきた本を読んでいた。ハッピーエンドなのは知っている、胸躍る物語のページを繰る。
 東側の窓から見える向かいの敷地には大きな木があって、差し込む光は風につれて常に揺れている。
 自分で選んで仕事を離れ、あてもなくさまようけれどまだ手応えはない。そんな尽きない不安の中で、例えばこんな完璧に幸福な瞬間がある。毎日笑っていられたら見過ごしていたかもしれないような。
↓2004年
11月16日(火) 水車
 木造アパート築18年、誰もが驚くバランス釜。新しい畳の匂いと光が満ちるこの部屋で、ほんの少しの荷物に囲まれて、感慨にしばし打ちのめされて息ができない。
 徹夜明けのわやな頭が不安と興奮で振り切れて、雑巾をかけようとした押入れに身体を半分突っ込んだまましばらく意識を失う。これから、何が始められるのだろう。
6月22日(火) 犬
 夏至過ぎの短夜、最寄り駅のホームに吐き出されれば、未だ日中の熱をはらんでねっとりとした湿気が手足とそれ以外のものまで絡め取る。
 けれど呆然と立ちつくしたまま紺色の空を流される雲を見送るうち、少しは腹が決まる。よろよろとでも歩き続ければ、棒ぐらいには当たるかもしれない。

5月11日(火) Sweet Thing
 報告書に日付を入力しながら、ふと数えてみて少し驚いた。10年ひとむかし、の区切りだった。
 あの朝の魔法はもう私に及ばないし、手繰り寄せる記憶も感慨も、経た時間のまま薄れてしまった。なのに不思議なほど、今日ここにいる自分と隔たってはいない。
 どれほど遠くなっても、忘れても、吸い込む空気のようにこの身を巡る。

2月29日(日) 凪
 がらがらの各駅停車のドアがプシュウ、と開いて、冷たい風の中にも確かに甘い春の匂いがした。まだ日の高い午後だった。
 これからも止まらないだろう喪失を改めて思い、それでも流れていこうと恐ろしいほどに納得する瞬間があった。きっと明日には忘れているんだろう。ただ閃いては連続する、いつかの最期まで。だから今は。

1月1日(木) 元旦二階堂
 初詣に行くつもりで寄ったのに、見る間に机に並べられる東北土産の焼きほや焼きかれい、八海山はお互い手酌で。
 珍しく口紅なんて塗ったのにすっかり落ちちゃったよとぼやくと、いい血色になってるから大丈夫、と返す君の顔は昼間にしてはちょっと赤すぎる。
 願い事ごとに賽銭をちゃっかり二度投げて、帰り道で海老味噌と生牡蠣と塩辛を調達すれば、夜の食卓がどうなるかはだいたい想像がつく。

↓2003年
12月28日(日) ヒューマンズ
 やっとと感じた四ヶ月ぶりの再会なのに、まるで昨日の続きのようにも思える。ホールケーキを三人でぺろりと平らげて、隙間を埋めるでもない服や雑貨や恋人の話。
 あの部屋で探していた日々の果てはまだみえない。けれど川の字で眠る両隣の気配は、逃れられないほど確かな希望の存在を伝えて私の胸を締め付ける。この世には幸せを祈りたい人が多すぎる、そのことの喜びを。

9月11日(木) かしこにゆかじ
 夏の名残、秋のとば口、容赦なく照りつける太陽のある空はそれでも高い。
 過ぎ去った日々の記憶には一文の価値もなくとも、今ここにある私の血肉は時に濾され都合よくあやふやなそれらの欠片だけでかたちづくられている。
 それ以上でも以下でもない。胸に落ちた潔い人の独白を震える指で拾いあげて、言葉の有限と無限を信じる。

8月13日(水) friends
 「帰りたくない」の駄々を笑って許されて終電を見送った。深夜番組のチャンネルをやたら変えながら隙間で身体を丸めていつの間にか眠る、始発までの数時間に触れる懐しい気配。
 起こさないようにと手探りで着たシャツが裏表だったことに道端で気付いて、不自然な姿勢で洗濯表示タグを隠しつつアヤシイ一人笑い。いつかまたこんなふうに、ここへ戻ってきてもいいですか。

7月18日(金) 息子の名前
 辞去の挨拶といつもの施錠音、暗闇に慣れない瞳孔のシャッタースピード、目を閉じてもテールランプの曳いた残像が消えない。
 どれほど長く一緒にいても、君は笑ってしまうほどわかってないことを言う。だけどその無邪気な信頼がどれほど私を救っているか、伝えたい気もするし、今さら恐ろしいとも思う。
 ただひとつ確かなのは、君のためにできることがあるなら何でもするってもう決めている。それだけ。

6月29日(日) あなたの島で
 海から上がって水着のまま自転車をこいでるうちに髪なんかとっとと乾いてきて、部屋のドアを開けたときにはもう買い置きのアイスのことしか考えてない。
 当たりくじのついてない棒にいたずらに歯形を刻みながら、さっき食べた冷麦の皿をおざなりに洗う。シャワー浴びたら畳で寝ちゃって、帰ってきた人にほっぺたについた跡を笑われるんだろ。

5月24日(土) flat party
 ウォッカのグラスを掲げた2人が、目だけで笑い交わすと同時にそれを干す。
 私は隣で「・・・6th」とつぶやいてため息をつく。さんざんためらいながら吐いた自分の「人生で一番恥ずかしかった話」がいかにちっぽけなことか知る怒濤と衝撃の暴露大会。でも別に誰も酒の力を借りて喋ってるわけじゃない。国民性か、単に個性か。どっちにしろクヨクヨすんのって時間の無駄だな、ほんと。

5月3日(土) 慧眼
 はじまる前に戻るだけ、そのためだけに費やされた全てが、今はいとしい。
 私を救ったのは時間だけじゃない。ここまで来てようやく、自分の足掻きを誇ることができる。
 築いて壊して。何を手に入れたわけでもないのに、それでも今夜のために生き延びてきたんだとか思ってしまう幸せなノーミソ。
 またきっと、こんなに揺り動かされるような関りを他の誰かと。

4月4日(金) 花に嵐の
 場所取りのビニールシートに寝転がって文庫本。
 午後のうららかな陽射しに意識を手離して暫し、ふと目を開けたら眼鏡のレンズに花びらが散り重なっていた。起き上がるのが惜しい。
 社命で徹夜させられる新入社員って本当にいるんだ、と今更ながら知る上野のお山。


  ちょっと前の不確定        
         

HOMEprivate > それすらもおそらくは平穏な日々