それすらもおそらくは平穏な日々

・・・野球や中嶋さんとは関係ない日記。不定期更新。


↓2003年
3月29日(土) 新宿3課
 不慣れな茶席での緊張は、いただいたお菓子のおいしさに思わず笑み交わしてほぐれた。
 ずらり並んだ7人が揃うのは珍しくて、そして最後だ。誰もが寝不足で声を嗄らして、帰りの電車ではもたれ合って眠りこける。それでも自分の目的地ではひとりで目を覚まして降りてゆくのだろう。いつ渡せるかわからない写真の、焼き増しの約束をする。

3月19日(水) PS
 突然の優しさは反則気味に私を打ちのめして、もう二度と会うことはないからきっと忘れない。
 この明るく人気のない廊下で、ときおりすれ違うだけで結ばれるものは何もなくとも。
 勝手に信じていたし、だからこそ笑顔でいられた。喫煙所の窓をからりと開けて、いつまでも天気の話をしていませんか。

3月4日(火) 春一番
 遅れてきた北風がぐるぐる巻きのマフラーを解いて、凍えて色のない車道に淡い紫が2メートル近くたなびくシュールな光景を、けれど誰も見てはいない。
 この一年で手に入れたものと喪ったものを指折り数えてみる。当て所ないこの道を、引き返す気もないくせに。

2月7日(金) D
 誰の誕生日を、まだ覚えてるの。
 寝ぼけた身体でムリヤリ起き上がれば、耳許をごうごうと流れ落ちる血の音がうるさい。
 崖っぷちの苦しさと降るような救いは交互にやってくる。この世を映す私のレンズの色は種類は、すべてが心の有り様でしかないならば。

1月1日(火) 故郷
 市内から高速バスで2時間、元旦の港は晴れてるけど、対岸の佐渡はみえない。
 話にばかり聞いていた君んち、ご両親とおばあちゃんとお姉さんと弟くん。よく似てる。通ってた中学と高校、近所の幼馴染みが顔を出す。
 田んぼの向こうに広がる山並みに夕暮れ、この美しさが日常でしかないなんて。

↓2002年
12月1日(日) Long throw
 いつからか当たり前のようにその部屋に帰ってた。寒さに重なる熱いお茶、ときたま誰かが豆を挽く酔狂。そして明け方に沈没。
 そんな週末が幾度繰り返されたのか、もう数えることもできない。ちっとも昔のことじゃないのに、こんなにも遠く、こんなにも愛しい。
 長距離電話で弾む声に懐しいフレーズがよみがえる。・・・恋は、するものではなく。落ちる、ものだと。

11月10日(日) 窓
 ホームでばったり出会って、他愛ないことを話して、乗り換え駅で別れた。
 少し見上げる懐しい横顔は、時間などたやすく飛び越えて私に希望を見せた。人は、確かに変わることができる。
 もう二度と、同じ流れ星を探したりしない。それぞれの道をたどりながら、いつかまた偶然にすれ違えばいい。

10月11日(金) アフター6
 スペースマウンテンってもっと怖いはずだった。シンデレラ城ってもっと大きいはずだった。記憶は少しもあてにならなかった。昨日よりも今日が美しかった。
 声がかれるまではしゃぐ私たちは学生のころと何も違わない気がして、だけど本当は何かが変わったから、今ここで未知の楽しさに出会っている。
 子供を抱き上げて手を振る上司、スーツにピンヒールでもネズミ耳の先輩、絶叫マシンの安全バーから私の手を引き剥がす同期。
 新しい仲間と新しい扉を開ける。こんな夜だけは、闇のむこうの明日を信じてみたくなる。

7月27日(土) 春夏秋冬(×4)
 地元駅の改札、滞る人の流れ。もう恐れない、何も。今日ですべてがむくわれたから。

7月20日(土) 帰郷
 やたらにきしむアパートの階段、頼まれたのはいつものセーラムピアニッシモ。
 素っぴんにサンダルで飛ばす自転車、少し離れたスーパーの特売。西の空を染める黄昏は永遠に続くかのように思えたのに。
 その部屋は4年分の生活感をごっそりと奪われて、私は勝手な寂しさに胸を詰まらせる。けれど荷作りする君は水と米はうまいからいつかおいでよと笑うのだ。

5月16日(木) May
 へとへとの外回り中、ふと見上げれば頭上で新緑が輝いていた。気付かぬうちに最愛の五月が来ていた。
 風に揺れてちらちらとこぼれる木洩れ日の完璧な美しさは、正直それどころではない日々の苦しさからあまりに遠くて、思わず名前を小さく叫んだ。
 それは空しい呼びかけなのに、なのに私の心をいくらか救った。

3月29日(金) スーパーノヴァ
 運送屋の軽トラで寄った幼馴染みが、見送る私のスーツ姿に「社会人だねぇ」と笑った。でも私はまだこの街に住む。この春の記憶は、早すぎる桜とそれを散らせた朝のそぼ降る雨の中にいつまで残るだろう。
 黒く濡れたアスファルトにはりつく薄紅の花びら、新しい傘が今日という日は二度と来ないと水滴をはじく。

3月19日(火) 夜の翼 ...on the way to Paris
 国境越えの夜行特急、狭い寝台の中で意識だけが覚めた。
 目は閉じたまま、身体にかかる遠心力で線路のカーブを感じていたら、また静かに押し寄せてきた。
 さよなら。
 口に出さずにそうつぶやいた。目を開いてみても、暗闇だった。

3月14日(金) 磁石 in Wien
 オペラ座の立ち見行列で偶然話がはずんだ、そんなひとときでも出会いには違いなく、久し振りの会話ある夕食はおいしくて助言は貴重だったけれど決して一緒には行けず、当たり前のはずの沈黙を今さらさびしく感じる。
 だけどそれが醍醐味だなんて強がりに聞こえるだろうか。並外れた方向音痴が迷走するその軌跡こそが、かけがえない私だけの地図を描く。

3月10日(日) 普請中 in Berlin
 「半ベソ即ち0.5ベソとすると、今の値ってどんくらい?」
 本気で泣きたい状況で、いつかの誰かの冗談が頭をよぎった。律儀に「0.99、寸前だ」と思った途端に何かが緩んで、一気に1.2ぐらいまで進んでしまう。
 でもこぼれた涙を拭ったら少し笑えた。大丈夫、きっとなんとかなるって。

3月1日(金) ヤケ酒
 携帯電話の向こうに、終電近い中央線のホームで恋の始まりを喚くヨッパライ。
 取り乱すというより怒ってさえいるその声は、だけど同時に紛れもない喜びにあふれている。あまりのわかりやすさにこっちは笑いが止まらない。
 追い風下り坂こけつまろびつ、その勢いに元気を分けられて明日も。

2月20日(金) 前触れ
 通勤の人の流れに逆らって、こんな旅は最後だって何度言い聞かせてきたの。
 伸びたスーツの背筋と小気味よく鳴るヒールの踵に、ずっと憧れ怯えていた。永遠に交わらない道だと思っていた。
 とりあえず行けるとこまで行こうと思った、相変わらずの見切り発車だけど。

2月3日(日) 通夜
 暦の上だけの立春を翌日に控えても、花に埋もれたその部屋だけは冷房が動いている。
 一人きりの夜明かしを恐れたりする性質では全くないし、そのうえこの状況で出るユーレイならば間違いなくその人だろうと思いついてしまって少しせつなかった。そしたら改めてさよならが言えるのに。

1月27日(日) 春がくれば
 午後に友人がやって来て、裾上げのできたパンツを引き取りに行こうと言う。でもいつも目的なんて後からつけるもので、雨上がりの空気の中をふらふらと歩いた。
 川向こうのグラウンドに虹の足元を見つけて嬉しくて、水たまりに映りこむ雲はひょいと乗れそうで可笑しかった。コンクリの護岸壁で遊ぶハクセキレイ、団地に見え隠れする金色の夕日、電車とバスで3時間の距離は日々をどう変えていくのだろう。

1月13日(日) 慣性
 夜中にカラオケ行きたいねぇとか盛り上がると、川沿いに3駅分の距離を自転車でひた走る羽目になる。風を切りつつ気の早い誰かが歌い出せば、たちまち声が重なる10年前のスマッシュ・ヒット。
 それらの日々はどうにも遠く、だからって大人になれたわけじゃないこともわかってる。ライトの照らす視界はあまりに狭くても、二人乗りはスピードを緩められない。よろめいて倒れるわけにいかない。

1月3日(木) 山中湖二階堂
 ベランダに出しておいたミカンは凍って、丹前の上に羽織ったコートをかきあわせる指がかじかむ。赤富士を待つ夜明け。
 もうそろそろだよと呼んだら、布団の中からデジカメだけ手渡されて苦笑い。まあいいやこんな感じで、今年もよろしく。

↓2001年
12月8日(土) 鳥見
 借り物の双眼鏡を言われるままにのぞいたら、何もいないように見える冬枯れの茂みに紛れた百舌が首をかしげていた。
 とりとめない私の不安を、友人はいつも根気よく受け流して外に連れ出してくれる。家からほど近い川沿いの遊歩道で、呼んでる口笛が歌の中から飛び立つ。
 未知と既知の境界のように懼れをも越えられたなら。紙袋の中で焼きたてパンが温かい、ままならなくともいつも救われている。

11月29日(木) 大手町
 午後11時の突風はビルの谷間で巻いてごう、と鳴った。街路を埋める銀杏の葉が狂ったように舞い上がる。
 夜目にも鮮やかな黄色を思わず目で追えば、そびえる高層群の足元で、人気も途絶えた舗道を横切る自分には笑えるほど何もない。
 だけどここから始まってどこにでも。目もくらむような身もすくむような、明日が。


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